ゼロから学ぶアメリカ合衆国

ゼロから学んだアメリカ合衆国をわかりやすく説明

ピルグリム

 

 本国での迫害を逃れるために、ピルグリムが最初に移住した先はオランダだった。信教の自由は保障されたが、居候の身分しか貰えなかった。自由な道徳環境は、子供たちの信仰に悪影響を及ぼした。

 ここは新天地ではないことに気づいたピルグリムは、新たな移住先を模索する。

彼らはヴァージニア会社からハドソン川河口(現在のニューヨーク周辺)で生活を営む権利を買い取り、1620年にメイフラワー号で目的地を目指す。ピルグリム35名のほかに、67名の赤の他人も乗船した。航海や現地で共同体を運営する事は、ピルグリムだけでは不可能だったからである。

 船は風に流され、目的地から300km以上離れた場所に辿り着いた。認可外の土地では乗組員を拘束する掟は何も存在しない。明文化した「メイフラワーの盟約」を結び、「赤の他人」も含めて一致団結することを確認した。この文書は、自発的同意に基づく社会契約の始まりとみなされ、アメリカ史では特別な位置を占める。