ゼロから学ぶアメリカ合衆国

ゼロから学んだアメリカ合衆国をわかりやすく説明

デラウェア植民地

 デラウェア湾およびデラウェア下流の西岸地域である。

 名前の由来は、第2代ヴァージニア総督による。彼が就任した1610年代、この地はヴァージニアの一部だったからだ。

 1638年にはニュー・スウェーデン会社が恒久的入植に成功するが、1655年には対岸から進出したオランダに吸収される。

 1664年にはヨーク公ジェームズ率いるイギリスが占領する。英領ニューヨーク植民地の一部となるが、1681年には新設されたペンシルヴァニア植民地に吸収される。

しかし人種の坩堝だったこの地域を統治するのは難しく、1701年には独自の議会を開設することが許可され、1704年にはデラウェア植民地として分離する。ただし殆どの期間、ペンシルバニアの総督がデラウェア総督を兼任した。

黒人奴隷を労働力としたタバコ栽培が産業の基盤となる。

 南側はメリーランドに接し、境界線を巡る争いが長年の問題となる。建国後、奴隷制の是非を規定する境界線となったため、重要な意味を持つようになる。