ゼロから学ぶアメリカ合衆国

ゼロから学んだアメリカ合衆国をわかりやすく説明

ジョージア2

 カロライナ植民地とスペイン領フロリダに挟まれた土地は、先住民ヤマシー族の活動領域だったが、1715~17年の戦争で人口は激減した。生存者はセミノールとしてフロリダへ逃亡すると、海岸部は無人の空白地帯となった。

 そんな中、ジョージア植民地は、1733年に建設された。スペインの北進と、サウスカロライナからの奴隷逃亡を食い止める防波堤としての役割も期待された。

 人道的理由から奴隷制は禁止されていたが、労働力不足に悩まされた。

本国の景気が回復したことと、高温多湿ゆえに伝染病での死亡率が高く、年季奉公の志願者が激減したのだ。しかも隣のサウスカロライナでは奴隷制を基盤に、入植者が繁栄している姿を見聞きすることになる。禁酒法に続いて、1749年には奴隷禁止法も撤廃される。

 奴隷所有者にとってアフリカ人は、ジョージアの気候に適していただけではなく、湿地の多いジョージアの土地で思わぬ恩恵をもたらす。彼らは灌漑に関する土木技術や稲作の経験があったので、稲作農園が次々と建設される。またバルバドス諸島から伝わったサトウキビ栽培も根付き、貴重な換金作物に成長する。

 アフリカ各地から大勢の黒人奴隷を輸入したことにより、黒人文化が熟成された。